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開いたスペースとオーナー
ある日の夕方、住宅街の一軒家に子どもたちがやってきた。お目当ては、みんなで食べる手づくりの温かい晩御飯だ。ここは、家主の山田和夫さんが主宰する「要町あさやけ子ども食堂」。子ども1人でも入れる食堂として、月2回、第一・第三水曜日に自宅を開放している。
「みんな『ただいま』と言って入ってくるんです。子どもだけでもいいし、親子で来てもいい。予約もいりません。子ども食堂っていう名前だけど、子ども以外も大歓迎。近所のおばさん一人だけでも来ますよ。誰でもウェルカムだから、手伝ってくれるボランティアの人には『セキュリティ甘すぎ!』なんて言われますけどね(笑)」
1食当たり300円。母子家庭など経済状況が厳しい人は無料という。共働きで忙しく、子どもと食卓を囲めない親や貧困世帯にとっては有難い存在だ。「子どもの貧困や孤食を救う駆け込み寺」としてメディアに取り上げられることも多いが、当の山田さんに気負いはない。
「社会課題を解決するとか、そんなたいそうな考えはない。この家を使って、ただ楽しいことをしたいと思っているだけなんです」
きっかけとなったのは妻・和子さんとの別れ。6年前に亡くなった和子さんは生前、自宅でパン屋さんを開き、売れ残ったパンをホームレスの支援団体に贈る活動を行っていた。山田さんはその思いとレシピを引き継ぐ形で2011年に「池袋あさやけベーカリー」を発足。週1回、自宅でパンを焼きはじめる。
「妻は病床で私に『パンを焼いてほしい』といいました。それまでずっと会社員だった私にはとても無理だと思いましたが、遺品のレシピを頼りにパンを焼きはじめたら少しずつおいしく焼けるようになった。そのうち、妻がやっていたときからのお客さんも通ってくれるようになり、支援団体のつながりで一緒にパンを焼く仲間もできました」
和子さんの死後、しばらくは強い孤独感に襲われたという山田さん。妻の最後の願いは、ひとりぼっちになった夫に社会との接点を紡いでくれた。元気を取り戻した山田さんは、"もっとにぎやかな場所"をつくろうと「あさやけ子ども食堂」をオープンさせる。
「私の子どものときは家に学生の居候がいたり、近所の人を招いて大勢で一緒にご飯を食べるのが普通だった。それもあって、子どもやみんなが集まれる食堂をつくろうと思ったんです」
この日も、未就学児から小学校高学年まで20人以上の子どもが集まっていた。食堂を運営するボランティアスタッフとともに笑顔で食卓を囲む光景は、まるで大きな家族。いい意味で遠慮のない雰囲気が漂っている。やんちゃ盛りの小学生は広い家をドタバタと走り回るが、山田さんをはじめとする大人はそれをとがめない。子どもたちにとって、ここは「よその家」という感覚ではないのだろう。
「最初は遠慮がちな子どもも、ほかの子が騒いでいても怒られないところを見ると、安心して自分をさらけ出すようになります。今は隣人に気をつかって家の中で思いきり遊べず、肩身の狭い思いをしている子どもも多い。だから、ここは子どもが子どもらしくいられる場所にしてあげたいと思っています」
なお、参加する親子やボランティアは常連も多いが、毎回知らない顔もある。子どもたちは「知らない大人」と触れ合うことで、学校以外の場でもコミュニケーションや社会性を養う訓練ができる。学校にうまくなじめず不登校になった子どもにとっては、月2回のこの場所が社会とのつながりを実感できる大切な機会となっている。
「限られた大人との関わりや狭い価値観のなかだけで生きていると、自己否定に走ってしまいがちです。さまざまな人とつながることで、違う価値観があるんだということに気が付く。それが子どもにとって大事なんだと思います」
最近では北海道や九州など、遠方から訪れる人も増えた。参加者が増えればそのぶん運営も大変になるが、「それでも入り口を狭めてしまいたくはない」と山田さん。続けて「これからはわが家にくる人たちのために余生を送りたい」と笑う。柔和な瞳の奥に、地域みんなの食卓を守っていく決意がにじんでいた。
※要町あさやけ子ども食堂は、NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク主催の事業です
山田さんが子どものころから住んでいる築50年以上の一戸建て。オープンにあたり、玄関など一部を改装した。
小学生以上の子どもは積極的にお手伝い。多世代の大人たちと触れ合うことで、社会性を養う訓練にもなりそう
いつも玄関は靴の山。大人と子どもを合わせて、この日の参加者は40名以上に上った。
じいじこと、店主の山田さん。孤食などの社会問題を解決するモデルケースとして熱い視線が注がれているが、本人は肩の力を抜いて楽しんでいる
空いてるスペース
施主名 | 山田和夫 |
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構想期間 | 1年 |
開いているスペースの面積 | 約100m2 |
開いているスペースの% | 約60% |
住所 | 東京都豊島区 |
建物形態 | 一軒家 |
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影/飯田照明 間取りイラスト/tokico
情報掲載日/2016年3月9日
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